あしたのはなし

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***

 ”第六感”がある。
 ……というと、なにやら格好いいイメージを持たれるかもしれない。
 だが、天から授けられた”それ”が、万能とは限らないのだ。

 小学生の時に発覚した私の第六感は、予知能力であった。
 名前だけ聞けばカッコよさげな雰囲気だか、私のそれは”数秒先の光景がなんとなく脳裏に浮かぶ”という、ほぼ気のせいに等しい能力である。
 見えるのはたったの数秒先だし、いつもいつでも自分の見たいときに自在に予知できるわけでもないので、役立つ場面はめったにない。
 せいぜい、クイズ番組の答えが人より早く見えることがあるくらいだった。

 ーーあ。校庭にいる。

 まだピカピカのスニーカーに履き替えて昇降口を出ると、たったいま予知で見たままの、見慣れたブレザーを着た知り合いの後ろ姿が校庭の真ん中にあった。
 今季始めに「すげー大きいんだよ、着るのマジでハズい」と愚痴った通り、しっかりと制服に着られてしまっていた。

 校門へと向かう下校生徒の群れから離れ、私は一人、砂埃の立つ校庭へと歩を進めた。その前へ回り込み覗き込むと、目を瞑り眉間に皺を寄せていた。
「……。一応声かけるけどさ、なにやってんのこんなとこで」
 目を瞑ったまま口を開いた。

「今日こそ第六感をまた開花させたい」

(くっだらな!)
と思ったが、口には出さず飲み込んだ。
 中学生ともなれば、言っていいことと悪いことの区別くらいつく。親しき仲にも礼儀あり、だ。
「別にそんないいもんでもないでしょ」
それだよ! と目をかっ開き声を張った。
「それはさ、持ってる人間の冷めた感想ってヤツじゃん。言ってみてえな~『別にそんないいもんでもないでしょ』~ 」
「でも、実際持ってても大して役に立ってないし」
「そう? ……数秒先だとそうなのか」
「認めるんじゃん、私の第六感がショボいって」
いやいやすごいよ、すごいすごい、と私に気を遣ってか首を振った。

 目を瞑るのに飽きたのか、帰路に就こうとした私の隣を当たり前のような顔をして歩きだした。
 クラスの子に見られたらヤだなーと思わなくもなかったが、まぁでもコイツだし、帰る方向も同じなんだし仕方ないか、という気持ちになり、いちいち口に出すのはやめることにした。
 どうせ、半数以上は同じ小学校上がりなのだ。どこかでなにか言われても、知ってる誰かが説明してくれることだろう。

 コイツは同じマンションで、うちの階違いに住む同い年の幼馴染みである。物心がつく前からなんやかんやと共に過ごし、もはや家族のような気安いノリで過ごしてきた。
 この春、二人とも家から一番近い中学校に進学した。知った顔も多いが、そのよく知った顔が制服を着ていたりするものだから、なかなか見慣れず変な感じがした。

「ん? なんかあったっぽいぞ」
「? なにが?」
「あれ」
示した先を見やると、先を行く生徒たちがペンギンみたいにみんなして足元を見て、ピョコピョコとなにかを避けていた。
「せんせー、なにがあったのー」
隣の声に慌てて見やると、箒とチリトリを持った先生たちが、なにかを片付けていた。下ばかり見ていて気がつかなかった。
 先生は面倒くさそうに腰に手を当てた。
「”あったんですか?”でしょー。用具が壊れたのよ。もう掃いたけど、一応足元には気をつけてねー」
「わかったー、さよーならー」
”わかりました”でしょ、と言いつつ、次々と来る生徒の律儀な挨拶攻撃に、先生もさよならを言い始めた。
 ついてない。せっかく新しいスニーカーをおろしたのに。地面に光る小さな破片を軽く避けつつ、門を出た。

「いーよなー、第六感ー」
「まだ言ってるの? 昔、見えてたんじゃなかったっけ」
 小さい頃、どうもこの子はとんでもない先まで見えている、と大人たちが大騒ぎしていた。されど幼稚園の時くらいに、ぱたりと見えなくなったのだ。
 しかし本人はその、予知ができなくなることすらすでに知っていた、という話だから驚きだ。
 私の微々たる予知を羨むような、中途半端な力ではなかったはずである。
「見えてたけどー。今はさっぱりだし」
「なくなるのってどんな感じ?」
コイツの予知がどのくらい先まで見えていたのか知らないが、あんまり見えたら疲れちゃいそうだなーと思った。
「んー。俺、夢でも見てたんかな? って思う時がある。見えてたのも見えなくなったのも、ちっさい頃だったし」
またなんかの拍子で戻んないかなーくらいの感じ? とケロリと述べた。

 戻んないかなと述べつつ、大して気にしてなさそうだった。
 さっきまで、眉間に皺を寄せてまで第六感を望んでいたんじゃなかったか。ふざけていただけで、案外どうでもよかったのかもしれない。
 私の数秒先程度の第六感なら、突然なくなってしまっても、しばらくは私本人でもきっと気づかないだろうなと思った。

「今度は予知じゃなくてさー、手からこうフワッと風が出るとかがいいなー」
夏とか絶対便利! と言いながら前に伸ばした手が、ブレザーの袖丈に隠れて短めの萌え袖みたいになっていた。
「それ魔法じゃん、第六感じゃないじゃん」
似たようなもんじゃん、と笑った。いや、全然違う。
「それかさー、なんかこう、パッと時間を止められるとかさー」
「それも魔法じゃん、第六感関係ないじゃん」
なんでこう、いちいち子供っぽいんだろう。
 同じくらいの高さの視線がかち合った。
「……あとはさー、なんかグッと背が伸びるとかさー」
「それは魔法や第六感より、成長期に期待したら? いいよね、男子は伸びてさ」
そんなのいつ来るかわかんねーし、と項垂れた。クラスの男子の中で3本の指に入るくらい背が低かったのを、気にしていたようだ。
 
 信号待ちになった折に、目についたのか十字になった交差点の左前を指さした。
「なぁなぁ! コンビニ寄ろ。CMでやってた新作の、なんだっけ名前忘れた! なんとかまん食べよーぜ」
「行かなーい」
制服で買い食いは禁止だ。
 青になったので「んじゃ、また明日ね」と手を振ると「マジか、ちょっと待てよ」と言いながら慌ててついてきた。
「? なんとかまん、買いに行かないの?」
「……。またにする」
「ふーん」
なんだそりゃ。普段から落ち着きのないやつだが、なにかソワソワキョロキョロしていた。
「なに? どしたの?」
「ん? いや、横断歩道渡るときは、右見て左見てもっかい右だろ」
「それ渡る前にするやつでしょ」
軽く突っ込みつつ横断歩道を渡りきり、半歩後ろを歩くのを振り返った。

 ーーあ。

 血の気が引いた。
 咄嗟に、まだ車道にいたブカブカのブレザーの袖を引くと、どわぁと声を上げ、こちらに一歩つんのめった。
 馬鹿みたいな早さで、そのすぐ後ろを車が通りすぎて行った。
「……っあっぶねー! 信号無視じゃね?!」
「、そだね……」
心臓がバクバクしていた。

 ーーよかった。”見えて”。
 もし見えてなかったらどうなってたんだろう、と思うと全身に鳥肌が立った。

 ひとしきり車に怒った後、ようやく思い至ったのか目を輝かせた。
「いまの予知? ”見えた”!?」
「……あ、うん。いまのは一応、”見えた”やつ……」
そっか、いつもありがとー、と言われ、どういたしましてー、と頷いた。

 たかだか数秒前の予知でも、ごくごくたまーに役に立つ。
 そしてだいたいが、コイツがなにかしらに巻き込まれる未来である。
 一緒にいるときに見えたら今みたく回避もしてあげられるが、あいにく私の予知は見たいときに見られるような都合のいいものじゃないのだ。

 心臓に悪い。

***

「ただいま~」
「おかえりー、今日はねー、苺があるよ!」
「マジ? やったー♪」
母の若干ドヤついた声にはしゃいだ声を上げつつ、自室へと直行する。ブレザーをハンガーに掛けつつため息をついた。
 デカいのを買うのは知っていたが、ここまでデカいと思わなかった。大きめっつったって加減があるじゃん、と内心思う。

 このあと、母と貰い物の苺1パックを分けて食べる。知っていた。
 机の引き出しから、経年劣化でやや黄ばんだ画用紙を引っ張り出し、後から書き足した日付を確認する。

 あしたのはなし(○月○日)
 ちゆーがつこ こーもん あしけが
 じゆーじ おーだんほどう はやいくるま

 クレヨンで書かれた、幼い文字が走っていた。
 過去の自分が書き留めた、未来の自分や家族友達に関する危険予知の覚え書きである。大事なことは、忘れてはいけないと慌てて書き記したのだ。
 これがどこまで本当なのか、いまとなっては全然ピンとこない。だが文字の真剣さから、気にして生活するのがもはや習慣となっていた。

 学校の校門で足を怪我し、それで交差点を渡り終えるのが微妙に遅れる。そしてそのせいで、今日一緒にいた幼馴染が車に轢かれる、という予知だった。
 コンビニへ寄るのも断られてしまい、いざとなったら後ろから歩道に突き飛ばしてでもフラグを折ろうと思っていたのだが、反対に助けられてしまったのだから世話ない。

 数秒前であれ、現役の予知能力にはやっぱり敵わないらしい。
 まぁ、考えても仕方ないか。無いものねだりをしたって仕方がないのだ。

「ねえー! 苺はー? お母さんぜんぶ食べちゃうよー?」
リビングから母の焦れた声がした。
「ちょっと待ってー! すぐ行くー!」

 画用紙に目を走らせた。
 ーーうん、今週はもう問題なさそうだ。
 黄ばんだ画用紙を、また引き出しへとしまった。

「苺ー!」
「わかったからー! すぐ行くって!」

 明日も、穏やかな良い日になるといい。

Fin.

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