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どうやら我が家の美晶(絶賛不登校中8年めの人見知り)が、八百万の神の一端を担う人材に、つまり神さまの候補に選ばれてしまったらしい。
「こたびはおめでとうございます。
神の器を持つお方として、秋津美晶さまが認められました」
張り付けたようなその笑顔を前にして、妹は微動だにできずにいた。
突如現れた白装束を纏った通達人の群れを前に、着倒してクタクタになったアズキジャージ姿の妹は、ヘビに睨まれたカエルよろしく固まっていたのだ。
試験終わりで、帰宅するなり居間でひっくり返っていた澪は、聞き慣れない声に縁側へと這ってゆき、たまたまその光景を目にした。
我が家の庭に所在なさげに立つ妹の美晶と、距離を置いてその前に立ち並ぶ大勢の白装束の男たちの一種異様な姿である。
返事もできず黙りこくる美晶に、白装束たちは困ったように各々首を傾げだした。後方にいた白装束のひとりが、先後尾に控えていたスーツの男のひとりに小さく問うた。
「……反応がないぞ。彼女で合っているのか? お身内でなく?」
スーツ姿の茶髪男は、なにを馬鹿なことを、とでも言いたげに大袈裟に肩を竦めた。
「間違いなくあの方ですよ? ……まぁ、おわかりにならないのかもしれませんねぇ?」
茶髪の隣にいた黒髪のスーツ男が、無表情のまま、フと吐息を漏らした。
白装束の男はスーツ男たちの態度に大いに鼻白むと、フンと息をついた。
思わぬやりとりを見てしまった澪は、慌てて目を逸らした。
茶髪の男と目が合ってしまったのである。おまけに茶髪は一瞬だけ目を丸めたが、そのあとなにが楽しいのかご機嫌で目を細めたのだ。
なぜだかわからないが、そのしぐさにゾッとした。
似て非なるものが人のフリをしているような、奇妙な違和感を覚えたからだ。
おそらく一番偉いと思しき、先頭にいた白装束のひとりが改めて笑顔を作った。妹に向き直り、穏やかに述べた。
「――突然の訪問となりましたことをお許しください。秋津美晶さまでいらっしゃいますね。
つきましては、我々から今後の日程に関しご説明を申し上げたいのですが……」
限界に達したのか、セルフバイブレーションよろしくブルブルと戦慄きだした妹に気付き、澪は慌てて縁側の母のつっかけを引っかけ駆け出した。
内気な妹が、知らない人間の群れを前に冷静でいられるわけがないのだ。それもこんな仰々しい格好をした人たちを前に。
腰を抜かしかけているに違いなかった。
案の定、妹は私の顔を見るなり、星の流れる速度で寄ってきて背中にへばりついた。
白い装束に身を包んだ年齢様々な男たちは、晴れやかな顔で一斉にこちらを見た。
それは異様な光景だった。人見知りの美晶じゃなくても気圧される、一糸乱れぬ動きであった。
澪は根性で口を開いた。
「……妹に、なにか御用でしょうか」
「秋津美晶さまの、ご家族さまでございますね。
こたびはおめでとうございます。神の器を持つお方として、秋津美晶さまが認められました」
さっき言ってたのと、まるっきりおんなじこと言うじゃん……、と口から出かかった言葉を、澪はなんとか飲み込んだ。
この国には八百万の神さまがいる。
米粒ひとつにも神さまが、そして使い古した家具や普段の生活用具にも、神が宿るとされている。生活を送る上で意識することはまずないが、もはや深層心理にまで染み込んでいるとでもいうのだろうか。
もはや、子どもでも知る常識なのであった。
そしてお国が、全国民必修として学生に寄越してくる神に関する教書によると、不定期に国民の中から神の一柱を担う者が選ばれるという。
その尊いお役目に誰かが選ばれる――……というのもまた、この世界の皆が知る常識のひとつであった。
視界の端で、トマトが地面に転がっているのが見えた。
きっと妹は普段通り、ひとりのほほんと家庭菜園で収穫をしていたのだろう。
美晶が不登校になってから、部屋にひとり引きこもってしまうことのないように、両親はあれこれ苦心していた。
考えた末、父母が妹に課したのが庭で作物を育てることであった。
とりあえずうちは田舎なので自宅の庭先なら誰にも会わないし、外に出ればお陽さまには当たるし、体も動かすだろうから健康的な気もするし、できたものを収穫すれば達成感もあるだろうし。
なにより、野菜なら食べるときに話題にすることもできる。
肥料だの苗だのなんだの、そのうち欲しいものもできるだろうし、家族と会話するきっかけにもなるだろう、というのが両親の目論見であった。
この試みが吉と出るか凶と出るかは、それは美晶本人にも、大人にならなければわからないことだろう。
だが、少なくとも今のところは、家族と話をして食事も共にできている。
先のことはわからないが、美晶が前向きに取り組めているならそれで充分かな、と姉の澪は思っている。
美晶が来訪者に驚いて、放り出してしまったであろう籠からは、熟れてパツパツになった艶々トマトがいくつも転び出ていた。
「つきましては美晶さまご本人と、美晶さまは未成年ですのでご家族の皆さまにもご説明を申し上げたく……」
これからお時間を頂戴できますでしょうか、などと述べつつ、彼らは応接室に案内されるのをただ微笑んで待っていた。
こちらに拒否権がないことは、向こうもこちらもよくわかっていた。
当の美晶は、私の背中にへばりついたまま返事もできずにいた。
私は後ろ手で震える美晶を宥めつつ、もう片方の手で玄関の方角へと促した。
「……両親が戻るまで、中でお待ちいただけますか。皆さん全員はとても入らないんですけど……」
「もちろんです、ありがとうございます」
代表して私と、あとふたりほど入室をお許し願えますか、と白装束は述べた。
願うも何も、こちらに拒否権なんてないのだろうに。
勝手なことである。
続.
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