第2話 “不思議ちゃん”の正体

前の話 ⇒ 第1話 妹は神さまになるらしい

*** 第2話 不思議ちゃんの正体 ***

 思えば、澪にとってひとつ下の妹は、ずっと不思議な子であった。

 あれは小学校低学年のことだったろうか。まだ美晶が不登校にもならず、学校にも通えていたときのことだった。
 休日に、澪が縁側で寝転がってうらぶれていたら美晶がやってきて、唐突に空を見上げこう言った。
『――今日、夜に雨がすっごく降るね』
 不思議なことに降水確率が10%にも満たなくても、どれほど晴れていても、美晶がそう言った日の晩は大雨になるのであった。

 まぁでもこれくらいなら、ただの偶然だとか、田舎育ちの子どもの勘だと笑っていられたと思う。

 またあるときは、家族でテレビを眺めていた日のことだ。
 内容はよくあるもので、有名な観光地の紹介かなにかだったと思う。ふいに、のどかな紅葉と赤い橋が映されるのを見て、
『……あの橋、落ちちゃうね。大変だね』
と、美晶がポツリと述べた。
 翌日のニュースでは、本当にその橋が流されていたりした。
 本人はもちろん、我が家ともなんの所縁もない、まったく知らない土地の名も知らぬ橋の出来事である。

 不思議なところはあるが、大人しく気の優しい子だったので、我々家族はちょっと不思議な美晶をそのまま受け入れていた。
 本人は目立ちたがるタイプではなかったし、大袈裟になにか言って回る子でもなかった。取り立てて気にすることもなかったのである。

 しかし小さいころの美晶は、家族だけじゃなく誰の前でもそんな調子だったので、この狭い田舎で、いわゆる“不思議ちゃん”として有名になってしまったのだ。
 美晶が見つめる山肌は次の雨日には土砂崩れを起こし、美晶が嫌がって中止になった家族旅行の行き先では、季節外れの自然災害が猛威を奮った。
 美晶が撫ぜると、病で寝たきりだった友人宅の老犬が、自分の足でトイレに向かったりした。

 そのうちあることないことを言われるようになってしまい、変に注目を浴びたせいか、妹は同年代の子どもたちにやっかまれ、馴染めず。
 美晶は早くから孤立し、いじめられるようになってしまった。

 されど、泣くことはあっても妹が怒ることはなかった。
 誰かに意地悪をされて、可哀想なくらい落ち込んで帰ってきても、悲しいとは言うが恨み言は口にしない変わった子だった。

 姉の澪にはそれが不思議でならなかった。
 当事者じゃない澪でさえ、妹が理不尽な目に遭わされ、腸が煮えくり返る思いだったのに。
 自分が美晶の立場なら、腹が立ちすぎて(なんだあいつら死んじゃえばいいのに)くらいのことはすぐに思ったはずである。

 美晶が落ち込むと、どれだけ晴れていても空には暗い雲がかかった。
 行き過ぎたいじめで美晶が誰かに階段から突き落とされたとき、美晶は無傷だったが学校の裏では、なぜか首の骨の折れた野鳥が息絶えていた。

 いつも美晶の代わりに空が曇り、そしてなにかが傷を負った。

 そしてそれは、美晶だけではなかった。
 美晶はもちろん、私を含めた家族も誰も、ほとんど怪我なんてしなかった。

 父は4tトラックに轢かれても掠り傷、見つけるのが遅れすぎて、医者が頭を抱えた母の病は治療が合ったのか跡形もなく消え失せ、澪が転ぶとぶつかった岩のほうが真っ二つに割れた。
 そして美晶はというと、風邪も怪我もめったにせず、たまにかかっても半日もせずに治ってしまう。

 ――きっと、誰かが守ってくれたんだねぇ?
 何代前のご先祖さまかな~、それとも初詣で行ってるとこの神さまかな? なんにせよありがたいねぇ??

 人より若干のほほんとした母は、幸いにもいつもただの掠り傷で終わる澪や美晶の膝を優しく撫ぜつつも、そう笑って片づけていた。
 ずっと聞かされてきた、『誰かが守ってくれたんだねぇ』との母の言葉を、澪も漠然と信じていた。

「――すべては美晶さまが、神の器を持つお方だからです」
 これまでなにか不思議なことはございませんでしたか、と問われ、上記を述べたところ、この発言である。
 久しく使われていなかった秋津家の応接用の畳の一室で、白装束の男は満足そうに微笑んでいた。

 お役所仕事らしく彼らは堂々と平日にやってきたため、澪と美晶の姉妹は、共働きの両親をそれぞれの職場から呼び戻す羽目になった。
(そんなことできるもんなの??)
 ……と、思わなくもなかったが、白装束が言うには本件は神さま関連のことなので、なにか特別な休暇制度に該当するそうだ。
 両親の今月分の給料は減らないらしい。

 澪はパニクりながらも帰ってきた両親と並んで座り(そして背中に美晶を張り付けたまま)、渡された資料と白装束から一方的に語られる説明をなんとか聞き流して、ようやく息をついた。
 されどいまだ震える妹を背中に庇いながら、ありえない現実をどうにか飲み込むべく、澪はロクに回らぬ頭をフル回転させていた。

 ――まぁでも、言われてみればそうなのかな、と、ようやく思えてきた。

 これまで『偶然にしては変だね~?』『ふっしぎ~!』などと家族で笑いあっていたことが、突然意味を帯び、これまで見えていた世界をガラリと変えた。
 私たちがそうやって笑うのを、美晶は美晶で『そうだね、えへへ、なんでだろう……?』とよく照れ笑いしていた。
 のんびりしているとはいえ、変わっている自覚くらいは美晶本人にもあっただろうが、まさか神候補だなんて思ってもみなかっただろう。

 だがこうして理由が明かされてしまえば、なんのことはない。
 ただ、もうあのはにかんだ笑顔は見られなくなるのだと思うと、澪は胸が痛んだ。

 突然やってきた白装束は、我々家族がこれまでずっと壮健であったことを、したり顔でこう述べた。
「まず間違いなく、美晶さまのお力でございましょう。
 皆さまは、いわば浄化されきった境内にいるようなものです。おそばにいるだけですでにご加護があり、悪しきものも自然と遠ざけられてきたのです。
 美晶さまの目の届く土地で時を過ごし、食事という名の貢ぎ物を日に3度も供えられてきたわけですから。そして嬉しいこと悲しいことを、お話しなさってきたはずです」

 大真面目にそんなことを述べる白装束に「そりゃあ、まぁ、家族ですので……」と、父は間の抜けた声を漏らした。
 美晶と共にする食事も会話も、私たちに家族とっては特別なことでもなんでもないのだから。

 澪たちの顔にそれが出ていたのか、白装束は言葉を続けた。
「ご家族さまにとってはもちろん、特別なことではないのでしょう。すべて当然のことと受け止められてきたお気持ちもよくわかります。
 ですが、神にとってそのような存在は得がたいものであることを、どうかお忘れになりませんよう。
 神の器を持つ方々が皆、美晶さまのようにお幸せなご家庭で過ごされるわけではございません。
 人の身でお生まれになった以上、『縁』というものは、得ようと思って無理に繋げられるものではございませんので」
それにも関わらず、これまでとてもよい、暖かなご家庭で心安らかに過ごされてきたことを、我々もとても嬉しく存じます、などと述べた。

「たとえ美晶さまにご自覚がなくとも、皆さまのお力になりたいとお考えになり、そして願ってこられたはずなのです」

 ご家族さまは美晶さまを愛し、また愛されてこられたのですね、と、白装束は知ったような口をきいた。

続.


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